木村文庫の監修にあたって
清水健信(精神科医)
- まずは木村自身による著作物を最優先で保存した。書籍や雑誌論文のみならず、講演原稿、講義ノート、日記類、書簡類、未発表の訳稿類なども優先的に保存した(未発表の論考はほとんど無いようであった)。自著の保存にあたっては、すべての版の収蔵に努めた。なお、日記や書簡については、個人情報であることに鑑みて、家族である木村元氏に基本的に一任した。
- 次に、わずかでも書き込みがある書籍や、著者からの重要な書簡が挟まっていた書籍(木村は書簡をその人物の著書に挟む形で保管していることも多い)を保存した。書き込み等がない書籍の場合、リストに登録さえあれば、現物そのものは他の場所でも参照できるからである。このとき、例えば複数巻に分かれているシリーズもののうちの一つだけに書き込みがある場合でも、そのシリーズの全てを保存した。
- その次に、書き込みがなくても木村と関連の深い書籍を保存した。このとき、資料的価値やアクセスの難易度に鑑みて、和書よりも洋書を優先した。
- 逆に、読んだ形跡のまったくない物置内の謹呈本・雑本や、木村が読書不可能な状態になってから贈られてきた書籍などは保存しなかった。
- 雑誌(定期刊行物)や抜刷、学会抄録集などの非書籍については、木村が部分的にでも執筆しているもの(つまり自著)、木村による書き込みがあるもの、そして木村と関係の深いもの(例えばブランケンブルクから贈られた抜刷や、海外雑誌の木村敏特集号など)のみを保存した。木村が所有していたすべての雑誌類のすべての巻・号を網羅的に保存することはしていない。
①リビングの書架
前後2列のスライド式書棚で、前列が4面、後列が5面あった。それぞれ各面は縦に7段構成であった。それぞれの面を向かって左から順に1面、2面として大まかな構成を記すと、次の通りである(例えば「リ前1面1段」はリビングの書棚の前列の一番左側の面の1段目を指す)。
- リ前1〜4面の上から4段目まで(リ前1面のみ5段目まで)は、精神医学の洋書(主としてドイツ語、ヴァイツゼカーを含む)が、概ね著者名のアルファベット順に並べられていた。
- フロイト関係のものだけ、リ前4面の5、6段に配架されていた。
- リ前1面の6、7段およびリ前2面の5、6、7段には、自著や部分執筆の論集が並べられていた。
- リ前3面の5、6、7段およびリ前4面の7段には、謹呈本や夫人の書籍が置かれていた。
- リ後1面の1〜6段には、全集(プラトン、アリストテレス、西田、和辻)や『異常心理学講座』『分裂病の精神病理』シリーズなどが配架されていた。
- リ後2、3面の1〜6段には、Nervenarzt などの海外の精神医学雑誌や辞典類が並んでいた。
- リ後4面の1〜6段には、精神医学の和書が並べられていた。
- リ後5面の1、2段は謹呈本、3段は海外精神医学雑誌、4、5、6段は木村自身の著書・訳書が置かれていた。
- リ後1〜5面の7段には、抜刷や学会抄録集、木村自身の講演原稿や講義ノート、書類が置かれていた。
②書斎の書架
書斎に入って左手には、大陸哲学・日本哲学関係用の書架が5面あった(「書1面」〜「書5面」と表記)。入って右手には机が置かれ、机の右側には自然科学および分析哲学関係用の書架が1面(「書科」)、机の左側には自著や座右の書が置かれる小さな書架が1面(「書小」)あった。それぞれの概要は次の通り。
- 書1面には、上から、デリダ、ドゥルーズ、メルロ=ポンティ、フーコー、アガンベンなどの現代フランス・イタリア思想、および西田幾多郎や和辻哲郎、九鬼周造、西谷啓治などの日本哲学の書籍が並べられていた。
- 書2面には、上から、ドイツ観念論、古代哲学、現象学的社会学、ベルクソンなどのフランス哲学、近世哲学の書籍が配架されていた。
- 書3面には、上から、ニーチェ、ハイデガー、フッサール、レヴィナスなどの書籍が並べられていた。
- 書4面には、哲学辞典や辞書、言語学関係の書籍が並べられていた。
- 書5面には、親交のあった日本の哲学者の和書、および自著が置かれていた。
- 書科には、数学・生物学・基礎医学などの科学書や、分析哲学関係の科学哲学書などが配架されていた。
- 座右としていたであろう書小には、木村自身の自著(「自家用」と記されたものもあった)や岩波文庫版の西田の著書、ブランケンブルクの著書、河野裕子の歌集が置かれていた。
③寝室の書架
前後2列のスライド式で、前列にはドストエフスキーやゲーテなどの文学関係の他、文庫・新書類やガイドブック・地図類、夫人の書籍などが置かれていた。後列には、バッハ、モーツァルト、武満徹などの音楽関係の書籍や、田邊元、唐木順三、三木清などの京都学派関係の書籍、高安国世、河野裕子、永田和宏らの歌集などが置かれていた。
④物置
「精神神経学雑誌」「精神医学」「現代思想」「思想」「理想」「imago」などの雑誌類、および雑本類が置かれていた。
⑤河合塾京都校のオフィス
自著、講演原稿、書簡のほか、謹呈本、和雑誌、謹呈抜刷、書類が大半であった。ブランケンブルクやテレンバハ、チューリヒ会議関係者などとの間で交わされた外国語の書簡類は、年代毎にファイルされていた。重要な抜刷は人物毎にファイルされていた。書籍は大半がその都度自宅から持ち込まれたであろうものだったが、特記すべきものとしては、日本語版フロイト全集、上田閑照集、長井真理関係のものがあった。
