利用案内 / アクセス

利用案内

事前予約制となっております。
メールの本文に以下の項目を書いてお送りください。
①来館ご希望日時 ※複数個お書きください
②お名前、フリガナ
③ご所属
④ご連絡先(メールアドレス、電話番号)
⑤ご来館目的
※木~日のお問合せは対応が遅れることがございます。
一週間ほど余裕を持ってご連絡いただけますようご協力をお願い申し上げます。
利用時間・開館日
月曜日、水曜日 9:30~16:00(祝日を除く)
※上記以外の来館を希望される場合はご相談ください。
来館利用上のお願い
①ご来館の際に、写真つきの身分証明書(マイナンバーカード、免許証、社員証、学生証など)のご提示をお願いしております。
②文庫内には防犯カメラを設置しております。
以下の「来館利用上のお願い」につきまして、必ずご来館前に目を通していただけますようご協力をお願い致します。
~当文庫へのご来館ありがとうございます~

木村敏記念臨床哲学文庫
来館利用上のお願い

当文庫では、お預かりした木村敏先生の蔵書等を可能な限り変わらぬ品質で永く保管し、大勢のみなさまに喜んでいただくために、ご来館者に以下のご協力をお願いしています。

1.手荷物の預託
 入館時に、手荷物をロッカーに預けていただきます。貴重品のほか、ノートなど館内に持ち込みを希望される手回り品は、当院が準備する透明の袋にいれていただきます。手回り品およびロッカーの鍵の管理はご自身でお願いします。手回り品の紛失等に関しましては、当院では責任を負いかねます。
 また、退館時に、資料保全のため、手回り品を入れた袋の中を確認させていただくことがあります。

2.ご来館者記録カードへの記入
 事前予約時にうかがった氏名等を「ご来館者記録カード」として印刷し準備しております。ご来館の受付時間と退出時間、ならびに 複写の有無を ご自身で ご記入いただきます。

3.資料は閲覧のみ
 当文庫では、貸し出しをしておりません。文庫内での閲覧のみとなりますので、文庫以外の場所への持ち出しもご遠慮願います。

4.複写のご案内
 一部書籍を除き複写(白黒のみ)をすることが出来ますが、複写できる範囲は著作一冊につき半分までとさせていただきます。尚、複写はスタッフがいたしますのでお申し出ください。料金は1枚10円です。

5.注意事項
 資料および施設の利用等に関しては、職員が職務上行う指示に従ってください。例えば、ご来館中、以下のことを禁止させていただきます。

(1)患者および他の来館者、職員の安全を害すると当院が判断する行為

(2)文庫のある階以外への不要な立ち入り

(3)携帯機器等による録画・録音機能、カメラ機能、スキャナー機能等を使用すること、無断で撮影・録画したものをSNS等に投稿すること

(4)資料への書き込み、資料の切り取り、資料を床に直接置く、投げる、資料を利用しながら飲食をする等、乱暴な扱いをすること

~尚 、当文庫は防犯カメラを設置しております。予めご承知おき願います。~

以上、ご不便を感じる点もあるかと存じますが、ご協力のほど何卒お願い申し上げます。

医療法人資生会
八事病院

アクセス

〒468-0073 名古屋市天白区塩釜口1丁目403番地  八事病院内
公共交通機関をご利用の方
・地下鉄 鶴舞線 「塩釜口」駅 1番または2番出口より 徒歩7分(550m)
・名古屋市営 循環市バス 「大坪小学校」下車 徒歩3分(220m)
お車をご利用の方
・駐車場43台(無料)
※駐車場は正面玄関向かい側にございます。ご利用の際は、駐車券を病院受付にお出しください。


木村敏

ことば

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木村敏

ことば

自己が自己として自らを自覚しうるのは、自己が自己ならざるものに出会ったその時においてでなくてはならない。……自己と自己ならざるものとの両者は、いわば同時に成立する。西田幾多郎の有名な「世界が自覚する時、我々の自己が自覚する。我々の自己が自覚する時、世界が自覚する」は、この点を指している。……自己が自己ならざるものに出会った、まさにその時に、ぱっと火花が飛散るように、自己と自己ならざるものとがなにかから生じる。……個人とは、このなにかが、自己と自己ならざるものとの出会いを機縁にして分れて生じて来たものである。このなにかが個人以前にある。……私はさしあたってこのなにかを、「人と人との間」という言い方で言い表わしておこうと思う。

※注記:太文字は原著では傍点によって示されている
『新編・人と人との間』ちくま学芸文庫、二〇二五年、二八―三〇頁

木村敏

ことば

私たちは自分自身の人生を自分の手で生きていると思っている。しかし実のところは、私たちが自分の人生と思っているものは、だれかによって見られている夢ではないのだろうか。……夜、異郷、祭、狂気、そういった非日常のときどきに、私たちはこの「だれか」をいつも以上に身近に感じとっているはずである。夜半に訪れる今日と明日のあいだ、昨日と今日のあいだ、大晦日の夜の今年と来年のあいだ、去年と今年のあいだ、そういった「時と時とのあいだ」のすきまを、じっと視線をこらして覗きこんでみるといい。そこに見えてくる一つの顔があるだろう。その顔の持主が夢を見はじめたときに、私はこの世に生まれてきたのだろう。そして、その「だれか」が夢から醒めるとき、私の人生はどこかへ消え失せているのだろう。この夢の主は、死という名をもっているのではないのか。

『時間と自己』中公新書、一九八二年、一九一―一九二頁

木村敏

ことば

自己が自己として自らを自覚しうるのは、自己が自己ならざるものに出会ったその時においてでなくてはならない。……自己と自己ならざるものとの両者は、いわば同時に成立する。西田幾多郎の有名な「世界が自覚する時、我々の自己が自覚する。我々の自己が自覚する時、世界が自覚する」は、この点を指している。……自己が自己ならざるものに出会った、まさにその時に、ぱっと火花が飛散るように、自己と自己ならざるものとがなにかから生じる。……個人とは、このなにかが、自己と自己ならざるものとの出会いを機縁にして分れて生じて来たものである。このなにかが個人以前にある。……私はさしあたってこのなにかを、「人と人との間」という言い方で言い表わしておこうと思う。

※注記:太文字は原著では傍点によって示されている
『新編・人と人との間』ちくま学芸文庫、二〇二五年、二八―三〇頁