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9月27日(日)『木村敏記念臨床哲学文庫 開館1周年記念シンポジウム』を開催致します(完全オンライン)

2026.5.18

 2025年7月、精神病理学者・臨床哲学者である木村敏の業績を顕彰して、木村敏記念臨床哲学文庫(「あいだ」の図書室)が開館しました。その開館1周年の節目に、シンポジウムを開催いたします。

 テーマは「木村敏とフランス・イタリア現代思想」。
 西田幾多郎やハイデガーの哲学に深く根差した木村は、中期以降、ドゥルーズ、デリダ、レヴィナス、アンリ、マルディネ、アガンベンといったフランス・イタリアの哲学者たちと響き合いながら、独自の臨床哲学を切り拓いていきました。

 本シンポジウムでは、加藤敏、斎藤慶典、杉村靖彦、清水健信の各氏をシンポジストに、檜垣立哉、深尾憲二朗の両氏をコメンテーターに迎え、木村臨床哲学の現在とその射程を多角的に探ります。

 開催日時: 2026年9月27日(日)10:00~17:00
 ※完全オンライン開催
 シンポジウム終了後、少しお日にちをいただきますが、お申込みいただいた方全員に1ヶ月間視聴できる「アーカイブ動画」のURLを送らせていただきます。

 ◆プログラム◆
 ※8月初旬に詳細更新予定
 10:00   開会の辞
 10:10  当文庫の紹介
 10:20  シンポジスト2名による発表(各50分)
 12:00  休憩
 13:00  シンポジスト2名による発表(各50分)
 14:40  休憩
 15:00  コメンテーター2名によるコメント(各25分)
 15:50  総合討論・質疑応答
 16:50  閉会の辞
 17:00  閉会

 ◆お申込方法◆
 チケット購入サイトPeatixの以下のURLからお申込ください。
 https://kimurabunko1.peatix.com/

木村敏

ことば

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木村敏

ことば

自己が自己として自らを自覚しうるのは、自己が自己ならざるものに出会ったその時においてでなくてはならない。……自己と自己ならざるものとの両者は、いわば同時に成立する。西田幾多郎の有名な「世界が自覚する時、我々の自己が自覚する。我々の自己が自覚する時、世界が自覚する」は、この点を指している。……自己が自己ならざるものに出会った、まさにその時に、ぱっと火花が飛散るように、自己と自己ならざるものとがなにかから生じる。……個人とは、このなにかが、自己と自己ならざるものとの出会いを機縁にして分れて生じて来たものである。このなにかが個人以前にある。……私はさしあたってこのなにかを、「人と人との間」という言い方で言い表わしておこうと思う。

※注記:太文字は原著では傍点によって示されている
『新編・人と人との間』ちくま学芸文庫、二〇二五年、二八―三〇頁

木村敏

ことば

私たちは自分自身の人生を自分の手で生きていると思っている。しかし実のところは、私たちが自分の人生と思っているものは、だれかによって見られている夢ではないのだろうか。……夜、異郷、祭、狂気、そういった非日常のときどきに、私たちはこの「だれか」をいつも以上に身近に感じとっているはずである。夜半に訪れる今日と明日のあいだ、昨日と今日のあいだ、大晦日の夜の今年と来年のあいだ、去年と今年のあいだ、そういった「時と時とのあいだ」のすきまを、じっと視線をこらして覗きこんでみるといい。そこに見えてくる一つの顔があるだろう。その顔の持主が夢を見はじめたときに、私はこの世に生まれてきたのだろう。そして、その「だれか」が夢から醒めるとき、私の人生はどこかへ消え失せているのだろう。この夢の主は、死という名をもっているのではないのか。

『時間と自己』中公新書、一九八二年、一九一―一九二頁

木村敏

ことば

自己が自己として自らを自覚しうるのは、自己が自己ならざるものに出会ったその時においてでなくてはならない。……自己と自己ならざるものとの両者は、いわば同時に成立する。西田幾多郎の有名な「世界が自覚する時、我々の自己が自覚する。我々の自己が自覚する時、世界が自覚する」は、この点を指している。……自己が自己ならざるものに出会った、まさにその時に、ぱっと火花が飛散るように、自己と自己ならざるものとがなにかから生じる。……個人とは、このなにかが、自己と自己ならざるものとの出会いを機縁にして分れて生じて来たものである。このなにかが個人以前にある。……私はさしあたってこのなにかを、「人と人との間」という言い方で言い表わしておこうと思う。

※注記:太文字は原著では傍点によって示されている
『新編・人と人との間』ちくま学芸文庫、二〇二五年、二八―三〇頁